
海と山に囲まれたこの小さな町に、昨年末、一組のご夫婦が移住されました。
東京・渋谷で空間デザイナーとして活躍されてきた松尾さんと、奥様のまささん。
移住してわずか3カ月。自宅を思うままにDIYしたり、地域行事にもひょいと飛び込むお二人の姿は、どこか軽やかで遊び心に満ちています。
「都会を捨てた」のではなく、「僕たちらしく生きる拠点を広げた」というお二人に、移住のリアルと、今この町で感じている想いについてお聞きしました。
「憧れの東京へ」から47年。見えてきた“拠点”の持ち方

松尾さんは川棚町の出身。高校を卒業後、「とにかく外の世界が見たい」と東京へ飛び出しました。インテリアデザインの世界でキャリアを積み、渋谷や原宿といった流行の最先端を生活の拠点とし、数多くの店舗デザインを手がけてきました。
そんな松尾さんは、50代を過ぎた頃から「地元の風景」を意識し始めたと言います。

「きっかけは震災やコロナでした。都会は便利だけれど、一歩間違えば身動きが取れなくなる。スクランブル交差点を渡るのも日常となった毎日の中で、『10年後、自分たちが年を重ねてもここで背伸びして生きていくのかな?』とふと考えたんです」
いつしか、消極的に戻るのではなく、経験を積んだ今だからこそ「川棚を拠点にする」ことが、人生のセーフティネットであり、攻めの選択になるのではないか。そんな思いが膨らんでいきました。
パートナーとして歩む覚悟

一方、奥様のまささんは茨城出身。長年、事実婚という形で過ごしてきたお二人ですが、松尾さんのお父様との別れをきっかけに、一つの大きな決断をします。
「彼からはずっと『いつかは川棚に』というムードは出されていたので、心の準備はできていました。でも、決定的だったのは義父のお葬式を経験したことかもしれません」
「当時、事実婚という形をとっていたのは、女性側が当たり前のように名前が変わることにずっと納得がいかなくて抗っていたんです(笑)。だけど、お葬式などを通して、籍が違うと法的にややこしいこともあるんだなと肌で感じて。それなら、籍を入れることを『どんなにひどい状態になっても一緒にいる』という条件にチェックを入れて、連帯する実験だと思ってみようと!そう腹をくくって、残りの人生もこの人と歩もうと心に決まりました。そうなると、場所が川棚だろうとどこだろうと、不安はなくなりましたね」
100箱の段ボールと、泥んこのDIYライフ

昨年末、4tトラックいっぱいの荷物と共に移住したお二人を待っていたのは、のんびりしたスローライフ……ではなく、怒涛の開拓の日々でした。
「100箱以上の段ボールを捌きながら、古い自宅のDIYを始めました。庭の石を運んだり、慣れない耕運機(幸運機と呼ぶ!笑)を動かしたり。朝から晩まで泥んこですよ。でも、不思議とそれが楽しいんです」
奇想天外のアイデアを持っている奥様・まささん手がける自宅は、道行く人が「何ができるの?」と足を止めるほど。1日に1回は近所の人に声をかけられる。そんなコミュニケーションも、都会では味わえなかった醍醐味なんだとか。

地元の人から「川棚には何もないでしょう」と言われることも多いそうですが、まささんは強く首を振ります。
「山にかかる霧や、鳥が飛び立つ風景。心地よいリズムで鳴く鳥のさえずりを聴きながらテラスでお昼を食べるだけで、最高に贅沢だと感じます。都会ではすべてが流れ作業でしたが、今は一つひとつの出来事を丁寧に選んでいる感覚があるんです」
「例えば、以前なら映画なんて近くでいつでも観られましたが、今は1時間かけて佐賀まで車を走らせます。『安全運転で行こうね』なんて話しながら向かう。今は一つひとつの出来事を丁寧に選んでいる感覚があります。そのゆとりが、今の私たちには新鮮だなと感じます」
怒涛の3カ月!「何もない」は、自分たちで面白くできる

「のんびり楽しむために来たはずなんですけどね」と、お二人は顔を見合わせて笑います。
移住してからの3カ月は、予想外の「全力疾走」の日々だったと振り返ります。
引っ越し直後、回覧板で届いた「駅伝大会」の文字に「やってみるか!」と快諾。当日は楽しみながら全力でタスキをつないで会場を沸かせていました。
さらに、私たちさかのまち企画主催の「暮らしのヒトタナ市」にも初出店してくださいました。

「なんだかんだイベントごとに全力で、東京にいたときより忙しい気がします(笑)。でも、駅伝にしてもマルシェにしても、そこから仲良くなった方が思った以上にたくさんできて。飛び込んでみたからこそ得られたギフトのような、温かい繋がりができてきて嬉しいです」
「楽しむこと」を忘れないための、これからの時間

怒涛の3カ月を駆け抜けたお二人の「やりたいことリスト」は、まだまだ更新され続けています。
「つい仕事モードになっちゃう癖がついてるんです。でも、仕事をするためだけにこっちに来たわけじゃない。自分たちが楽しむために来ているんだから、もっと落ち着いていいし、朝もゆっくり起きていいんだよって、お互いに言い聞かせています」
「今は、暖かくなるのがとにかく楽しみです。海や川でサップ(SUP)をしたり、庭に石窯を作ってピザを焼いたり。畑の芽が出すぎるスピードに慌てたりもするけれど(笑)、これからはもっと自分たちのペースで、この町を遊び尽くしたいですね」
編集部あとがき
お話を伺いながら、川棚に溶け込みはじめるお二人の周りには、穏やかで新しい風が吹いているように感じました。
川棚の何気ない風景を『贅沢』と笑い、どんな行事も全力で楽しむお二人のように、私たちもこの町の魅力をまだまだ感じていきたい。
そう強く思わせてくれるインタビューでした。
取材・写真・文 平野 蒼
(一社)さかのまち企画では、移住や小商いの相談窓口を運営しています🏠
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